Small "Sob" Stories about My English     Hamamatsu English School
 
英語と出会って半世紀。 神保昌幸の「英語と私、ちょっと切ない話」… 
 
   
     

手紙を書いた…

> 動詞 / 代名詞 / to 不定詞 / that / 間接目的語構文/

言葉の配列には、決まりごとがある。英語の場合、そのひとつが、「心的印象を経験する人物を表す名詞句は、to 不定詞補文内の代名詞と同一指示的であってはならない」という制約だ。

この決まりごとに反することなく言葉を配列しようとすると、「アギーには、自分のこと(アギー本人のこと)をトマスが嫌っているように見えた」という内容を表そうとして、下記のようにすることはできない。

l        Thomas seemed to Aggie to hate her.

上記の配列のままでは、意図する内容と異なり、「アギーには、彼女―アギーとは別の、文脈から特定できる女性―のことをトマスが嫌っているように見えた」となる。正しくは、次のようにする。

l        It seemed to Aggie that Thomas hated her.

言葉の配列についての決まりごとは、その習得に際し、決まりごとの内容や、従事する言語活動において求められる技能などによって対応が異なる。

この制約では、客観的に、あるいは分析的に読んだり、聞いたりするといったような場合、次の文章中の代名詞が指し示している人物が誰であるかを―文脈を背景に―理解できる程度の力を養成することになる。

Francesca worked hard for her family. But Thomas, her only son, seemed to Aggie to hate her.

つまり、この文章の内容を「フランチェスカは、家族のために頑張っていた。しかし、アギーには、彼女(フランチェスカ)のことを(フランチェスカの)一人息子のトマスが嫌っているように見えた」と理解できるようにするということだ。

いっぽう、言語活動が主観的な表現行為に関わる場合、事情は些か異なる。この制約では、思考や感情を汲み取ろうとして、読んだり、聞いたりするといったような場合、あるいは、それらを伝えようとして、書いたり、話したりするといったような場合、制約の背後にある規則性に目を向け、他の決まりごとと関連付けながら、表現の仕組みについて理解を深めていくことになる。

この制約では、その「他の決まりごと」のひとつが、中学校で学ぶ「間接目的語+直接目的語」の構文についての制約のひとつで、「主語、間接目的語、直接目的語で表されているものが、動詞で言及されている時点において同時に存在していなければ非文法的になる」というものだ。

l        Thomas wrote Aggie a letter.

この配列では、トマスがアギーに手紙を書いた時、彼女は生きていなければならない。彼女が生まれていなかったり、すでに他界している文脈ではこの配列は使えない。いっぽう、次の配列では、日本語にすると違いが分かりにくいが、そのような決まりごとはない。

l        Thomas wrote a letter to Aggie.

この配列では、トマスがアギーに手紙を書いた時、彼女が生きていたかどうかは問題にならない。これにより、他界しているアギーに宛ててトマスが手紙を書いたということが―死んだ人間に手紙を書くなど理屈に合わないといった話は別として―違和感なく表現される。

トマスが手紙を書いた時、アギーが生きていたのであれば、いずれの配列であっても文法上の問題はない。問題は、いずれの配列が文脈に即し、より効果的な表現となり得るかということだ。表現について理解を深めていかなければならない所以(ゆえん)だ。

心的印象を経験する人物であるアギーについては、彼女はトマスとなにか直接関係があるわけではないということだ。「トマスは、傍(はた)から見ていたアギーには、彼女を嫌っているように見えた」とすると、アギーと「彼女」が別人だと理解しやすくなるだろう。

何がどうなっているのか、決まりごとの中には習得にひどく手古摺(てこず)るものがある。あれこれ工夫してみるが、途方に暮れることが珍しくなく…ちょっと切ない。

   
   
     
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